ミーカガンの泡

「ミーカガンが出来たよ、お風呂で試そう」と、下の娘との入浴。私の手には加工したてのミーカガン。

レースと言う形でサバニに乗って6年、今までは興味がなかった木材の名前に触れる機会が増える。ミーカガンの材料はモンパノキ、サバニの船体は飫肥杉、フンドゥーはイヌマキ、そしてウェークにはモッコクと、必要と興味から次々と知識が身に付く。この様に植物の視点から沖縄文化を考えるのも実に面白い。

木材だけでなく織物や、チャンプルーに代表される食文化にも、琉球の暮らしと独特な植生との共生の完成度や、その伝承密度を再認識する。
ミーカガンを初めて装着した私は、浴槽に頭を完全に沈める。見事に水漏れのない、この古くから伝わる木製ゴーグルの想像を超える完成度に湯船の中で絶句する。修理が可能なミーカガンは一生物だとも言われるが、灼熱の太陽に照らされる熱帯の海で、何十年も酷使され得るシリコン製ゴーグルは現代も存在しない。

「遊びでサバニを漕ぐのか、良い時代になったもんだ」と、サバニレースについて老人が呟いたと言う話をどこかのブログで読んだ。漁の最中、沖で立ち泳ぎをしながらあまりの辛さにミーカガンから涙が溢れ出たと言う記事もあった。また別の過酷さに支配された時代に生きる私はと言うと、浴槽の中で小さな膝を揃え、沖縄の海人文化に惹かれ行く父親の奇行を上から眺めている娘の事を考え、思わず可笑しくなり湯船から顔を上げる。

「お父さん、水はいった?」「いや、全然」「いいなぁ、○○ちゃんも欲しい」「もう少し大きくなったらね」

丁寧に細工をし宝物の様に扱っているミーカガンが、小さな娘には余程良い物に映るのか。空気が抜けない様に沈めたミーカガンをそっと裏返すと、涙の雫の様な小さな泡が二つ、ゆっくりと上がって来て消えた。


琉球新報 2011年10月20日 コラム「南風」より)