海賊のこころ

「海賊のこころ」という本を読んだ事がある。何故か内容が頭に残っていないのだが、確かスールー海近辺の海岸線に住む漁師達が武装して海賊となっていった背景や海賊の本質を追求する内容のルポだった様な気がする。

海や船が重要な位置を占めると言う必要条件を満たしているからだと言う事は自分でも解っていつつも、子供に映画に連れて行けと言われれば例えば先ず「パイレーツオブカリビアン」の様な物を選択する私だが、同時に海賊と言う言葉には誰の束縛も受けずに自由に大海原を往くというイメージを連想させる何かがあるのではないかと思っていた。

20年近く前に読んだ前述のルポは、あまりにもそんなイメージからかけ離れていたが為にさっさと忘れ去ってしまっているのかもしれないが、それを上回る昨今のソマリア沖での海賊の暴挙は実に許し難い。フランスのヨットの人質解放作戦で人質側に犠牲者が出たというニュースが眼に焼き付く。

何時かはヨットで世界一周をと、私の様な能天気な帆船好きなら誰もが思う事かもしれないが、かつての経験者や南極航海で知り合いになった先輩船乗りからはパナマ運河を通って南太平洋に出る航路を取る場合には拳銃を携行する事が普通である様な主旨の話を聞き、思わず尻込みしてしまった事を憶えている。いずれの場合も、絶海で無抵抗の船舶を捕獲する彼等のやり口は卑怯極まりない。

フランスのヨットの事件に引き続き、昨日も米国メディアが大きく取り上げたコンテナ船の米国人船長の救出作戦があったばかりだが、海賊は、ロイター通信の取材に対して仏米への報復を宣言していると聞く。そのような頭に乗った行動を裏で支えているのが武器の供給者である事は間違いない。国際社会は、何故この様な蛮行を看過しているのだろうか?

トップ写真:海賊被害に遭ったフランスのヨット。