風に吹かれる人生


琉球大学での学生時代に帰省した際か、あるいは大学を休学して京都の実家でスペインへの渡航費用をせっせと稼いでいた頃なのか、定かな記憶がある訳ではないのですが、実家の居間で新聞のとある広告に釘付けになってしまったあの時の事は今でも良く覚えています。その広告に書かれていた文言は正確に思い出せませんが、「世界最高峰のヨットレース、アメリカズカップに参戦決定、クルーを大募集!」という様な主旨でした。琉球大学でのヨット部での活動の継続は、生活上の諸処の問題から1年次で既に諦めていましたので、そんなディンギー脱落組の私でさえ抗う事が出来ない程に強烈に惹かれた募集広告だったのです。やる気満々の私ではありましたが、クルーになる条件の一つに身長(確か180cm以上)と言うものがありました。体重など、食べれば幾らでも増やせると思っていた若い頃の私ですが、いかんせん身長だけはどうあがいても伸ばす事は出来ません。つかの間の逡巡の後に無理なものは無理、と我が身に言い聞かせた私を窓の外から忍び寄る夕暮れの気配がそっと包み込んだものでした。

船乗りになりたいと言う欲求を私は小さい頃から持ち合わせていたようで、つい最近もふとした事から中学の野球部の後輩の親父さんが長距離航海でいつも家を空けていると聞き、訳もなく心がときめいた事を思い出したしたりしましたし、大学進学の際には琉球大学海洋学科と神戸(又は東京)商船大学のどちらを受験するかで随分悩みもしました。確か「龍馬が行く」の中に、「海はいいなぁ」と坂本龍馬に呟いた勝海舟の台詞があった様に思うのですが、まさにそのシーンそのままに、東京のビルの谷まで仕事をしているとつい「ああ、船上の人でありたい」と夢想してしまうのでした。


GIGAZINEで「燃料高騰で帆船による海運が復活」という大変気になる7月29日付の記事を見つけてから、折を見てニュースソースを辿ったりしていましたが、少しは私なりの考え方もまとまってきましたので整理を兼ねてエントリしてみたいと思います。
片方の祖父がワイン製造業者であり、もう一方の祖父が帆船乗りであったというFrederic Albert氏は、70%の資金を投資家から、残りを銀行からの借入によってCTMV社を設立し、1896年に建造されたBelemという3本マストの帆船でフランスからアイルランドのダブリンまでワインを輸送、その結果、空輸と比べて1週間程の時間を余分に要するものの、ワイン一本あたりの販売価格も抑える事が出来、且つ今年の2月に6万本のワインを輸送した際に見積られたC02の削減量は22.7tにも上るとの事でした。販売されるワインに貼られた「Carried by sailing ship, a better deal for the planet.」と記されたラベルは、少なからず購入の意欲を高める効果を発揮するでしょう。Belemには、多数のゲストルームが備わっていて、航海を通じてワインメーカが自社のワインのプロモーションを行なう事も出来るなど、現代ならではのビジネスとしての工夫も随所に見られます。

実際のBelem号。Sail-World.comの記事より。


さて、これを日本で実現する事を想像してみましょう。

何を運ぶか、果たして輸送コストの削減に繋がるか、というそもそも論はさておき、先ず、商品の運搬・物流に欠かす事の出来ない保険会社が首を立てに振るか、これが最大の障壁として立ちはだかる様な気がします。また、既存の陸運業界や彼らに支えられた政界からの規制を含めた反発はないか、といった点も気にせざるを得ません。
更に、我々は周りを海に囲まれた島国に住み、これ程までに海の幸に恵まれている民族でありながら、ボートやヨットのレジャーが一般的である欧米やオセアニアと比べると揺れる船が苦手な人は多いと思いますし、従って前述の様に船中でのワインのプロモーションならぬ日本酒や焼酎のプロモーションを考えてみても、プロモーションをする方も受ける方も船酔いで酒を評価するどころではなくなってしまう様な気もします。そもそも、例えばここ1年間で3回以上船に乗った事がある人、とアンケートをとってみたとしたらどれ位の数字になるのか、恐らくその少なさに驚く事になる様な気がしてなりません。


いずれにせよ、その辺りの事業計画やフィジビリティスタディは、海運業界に関する何の知識も持ち合わせていない私には簡単に出来る筈もなく、残念ながら想像の域を出る事はないのですが、一方でその輸送に使う船についてイメージをしてみたところ、実にピッタリの船が思い浮かびました。それは、日本の伝統的な千石船でもなく、外国の帆船でもなく、実は未来少年コナンに出て来るダイス船長操るあのバラクーダ号なのです。私はぎりぎりクルーザと呼べる小さいヨットを所有しているのですが、風向きによっては帆とエンジンを併用して所謂「機帆走」で航行する事があります。バラクーダ号もまさにこの機帆走を前提にした様な船だった様な記憶があり、いくら風任せとはいっても今の日本で荷物がいつ届くか解らないといった事は許される事ではない筈ですので、そういった点でもまさにおあつらえ向きである様に思えるのです。


地球環境の保全に寄与するという高尚な考えからではなく、白い帆の下で風に吹かれて過ごす人生を、ひょっとしたらこの様な形で実現できたりしたら....、と夢想してしまう暑い暑い東京での昼休みなのでありました。

■参考・関連サイト

  1. French send wine by sailboat
  2. A Green Beginning - Sailing Ship to Transport Wine
  3. Tall ships make a comeback as oil price hits exports
トップ写真:未来少年コナンのバラクーダ号。ダイス船長の「帆を張れー!」という号令が耳に残っています。数年前に、ディンギーヨットで沖縄本島を一周出来ないものかと、大学時代の同級生のメーリングリストに投稿して嘲笑を買った事がありましたが、仕事に行き詰まったり疲れたりするとこの様な事ばかり考えてしまいます。