幻のトップフィニッシュ'2007


私も普段から使うことがある「言うのは無料(ただ)」や「言ってみない事には始まらない」という、いささか無責任でもあり且つ思い悩むよりも先ず行動をという、強いてどちらかと言えば建設的とも取れなくもない言葉があります。

それは、私が所属する弓友会の年に一度の合宿練習での事。
夜の食事を終え、普段はあまりお酒の場を共にする機会の少ない仕事も年齢もバラバラでまちまちな弓友会の面々が集まった席で、普段から指導頂いている先生が暫く仕事の都合で日本を離れるとの話を聞いた私は、少し入ったお酒の力を借りて「留守の間、手入れはきちんとしますから先生の弓を使わせて下さい」と非常に大それたお願いをしてしまいました。
弓の世界では弓を握る部分を他人が触る事は、目を凝らして的を狙う事や高段者の射を後ろから伺い見る事と同様に決して犯してはならないタブーと言われており、ましてや竹弓は引き方や扱い方で形が変わったり最悪の場合は壊れてしまう程にデリケートな物です。ところが先生は快く私の申し出を受け入れて下さり、それ以降はこれまでの私の弓よりも弓力が4Kg強い、21Kgの弓を使わせて頂くと言う幸運に恵まれたのでした。

その弓は、本来は私の様な駆け出しが使うには恐れ多い「肥後三郎」。

何年か前に、NHKの人間ドキュメント「弓ひとすじ」という番組でも取り上げられていた事もある、弓道家の誰もが知る熊本の名弓です。その番組を、それよりもずっと前の「いつかはクラウン」という車のコマーシャルを思い出しながら見た記憶があります。
何とも言えない小気味よい弦音を出し、全身を使わないときちんと引けない程に少々強いが故に、却って私の悪癖を消してくれるかの様なその弓ではありますが、名弓に恥じない射が出来る様になるにはまだまだ鍛錬が必要である事は言うまでもありません。

その弓を携えてから初めて臨んだ弓友会の今月の月例射会。それまでの最高的中数が10射7中だった私は、あろう事か何と8中もしてしまいました。
実は、一年に一度くらいは不思議と的中が多い、むしろ外れる気がしない日があります。一昨年は一月の月例射会がその日であり、その時の的中数がこれまでの最高成績の7中でした。
この様に良く的中した際でも、しかしながら最近は射会の優勝には縁がありません。月例射会の優勝者は、毎年年末に行なわれるチャンピオン決定戦「一矢誠魂杯」に出場する権利を得れるのですが、この決定戦は12月の通常の月例射会終了後の開催となる為、きりりと引き締まった空気の中で冬の夕闇に紛れ、普段よりも多く集まったメンバー全員の注目の中で行なわれる一種幻想的な趣もある一大イベントで、出来れば見る側より出る側でいたいと常々思っているのです。


月例射会での矢渡しの一コマ。第一介添えと第二介添えが矢を受け渡す場面です。

今月の月例射会では、実は私とのちょっとした荷物の受け渡しの為にお誘いした、本当は射会に出る予定ではなかった方が同じく8中となり、射詰めの末に優勝を逃してしまいました。「ああ、射会にお誘いしなければ...。」などと、不謹慎な事は考えたりしませんでしたが(嘘です)、一矢誠魂杯への出場の鍵は後2回残された射会の結果次第となり、一年にたった一度の的中の日に優勝できなかった私は残念ながらどうやら今年も出場のチャンスがなさそうです。

さて、猛暑の最中は秋がくる等想像もできませんでしたが、あれからの僅かな時間の経過とともに確実に秋が訪れて来ました。台風の影響か最近でもたまに25度を超える日には半袖で過ごす事もありますが、濡れる事が前提のディンギーのシーズンは横浜ではそろそろ終了、私が所属するヨットクラブのレースも今月で今年の全日程を無事に終えました。
そんな折に、沖縄の海人の町糸満でサバニレースが行なわれたニュース等を聞くにつれて暖かい海が既に恋しくなっている自分に気づかされるのですが、ふと今年一年のヨットレースを振り返った際に、弓の射会同様の事があった事を思い出しました。

普段はマルチハル(双胴船)ヨットに乗られている隣のクラブの方を我がクラブのモノハル(単胴船)レースにお誘いした所、その方が微風のレースを制して優勝され、私は2レースとも2位と言う成績に終わったのです。大変お恥ずかしい話ではあるのですが、実は10数年来所属しているクラブのレースでの最高成績をいみじくもその日にマークしたのでした。


幻のトップフィニッシュ時のスタート直前

つまり、もし隣のクラブの方をお誘いしなければ...と、この時は大いに不謹慎な事を考えた物ですが、何の脈略も繋がりも無いようであり、でもありそうでもある、是非その「アンラッキー」の変わりに事業でラッキーに恵まれます様にと思わざるを得ない、二つの幻の一位という話しでした。

来月の月例射会では、見るのも出るのも大好きな矢渡しの射手を、三年ぶりに務めさせて頂く事になりそうです。

トップ写真:熊本の名弓「肥後三郎」。鹿の皮を煮詰めて作ったニベという接着剤で真竹とハゼの木を交互に貼り合わせて作られており、形の美しさと、剛さを合わせ持っています。熊本県伝統工芸総合サイト(http://cyber.pref.kumamoto.jp/kougei/index.asp)より引用。