食堂のCM、誰が作る?誰が見る?(石垣島だより)


沖縄での私の大学生時代は実は時期的に二つに分かれています。前半の2年間は始めて実家から離れて生活を始め、また沖縄という当時の私にとっては異色の文化に触れ始めた時期、その後2年間ほど大学を休学してスペインを放浪した後に、帰国して後半の2年間を過ごす事になります。
その後半の2年間が始まってしばらくした頃に、私は激しく後悔してしまった事があります。それは、前半の2年間に沖縄の料理に殆ど見向きをしなかった事でした。

テビチ、ゴーヤーチャンプル、ヤギ料理、そして沖縄そば。

何故2年間も、このように美味しく、実に風土気候に則した、そして他の土地では味わえない食文化をないがしろにしていたのだろうかと反省したものでした。休学の際の海外での生活が、私にも少しだけ見るべきものを見る力を与えてくれたのかもしれません。
それからは、ある程度アルバイトの収入も以前よりは増えた事も幸いして、積極的に地元の食堂に出向く様になりました。それ以来20年間、私は中毒かと自分でも考えてしまう程、沖縄の料理(特に沖縄そばやテビチ)にはまっているのです。

大変有難い事に、昔々私が通っていた首里の「あやぐ食堂」や、栄町のおでん屋「東大」は店舗を変え代変わりしつつも、今でも値段も味も変わる事無く続いていますので、沖縄に行く度に家族を連れて一度は寄らせて頂いています。漁師見習い時代にお世話になった北部の辺戸名漁港前の「波止場食堂」のボリュームは当時と変わらず、もはや今の私では完食出来ない程です。

そして、昨年の春先から石垣島にサバニの練習に訪れる様になり、沖縄本島のものとはまた一味も二味も違う八重山そばや牛そばと新たに出会い、流行っている店もそうでない店も是非その雰囲気や味を伝えられる様な事が出来ないかと考え始めたのは、私の琉球の食文化に対する思い入れと今の仕事内容からすれば当然の成り行きだったのかもしれません。
今回の石垣訪問に際して同行してくれた友人と共に、取り敢えず今回は八重山そばにテーマを絞って、一緒にインターネットを使ったCMを作らないかと持ちかける為にデジタルカメラとビデオを片手に、現地のサバニ帆漕レースのメンバーの案内で食堂を沢山廻ってみたのです。

インターネットで広告が出来ると素直に喜び、積極的に店の特色や料理に対する考え方を話して下さったお店、ビデオ撮影をすると前もって言ってくれてないので化粧も出来ていないと、出演を固辞されたシャイでありながらも気さくで底抜けに明るい女性店主、皆さんの反応は実に様々であり、その場その場で皆さんと色々な話を出来たのが最大の収穫だったと感じています。

その中で一つ、とても印象に残った店主の方の話があります。上手く伝えられるかどうか不安はありますが、ご興味がある方はどうぞ読み進めて下さい。

ご主人が話して下さったのは先ず、店の意向を全く無視した雑誌やテレビが作るコンテンツの事と食文化に対する尊敬の念について。
牛そばと一緒にヤギ料理も出されているそのお店はこれまでに何度もテレビや雑誌の取材を受けて来たけれども、自分たちの思いが正確に伝わった事は一度も無く、ヤギ料理をまるでゲテモノの様に伝えられた事さえあるそうです。大学時代を沖縄で過ごした私は、沖縄の人の半分はヤギ料理が実は好きではなく、かくいう私も大学の後半でやっと食べれる様になった(今では大好きですが)事もあり、従って万人の口に合うものではない事を良く知っています。そんな食文化を女性タレントや何も知らないプロデューサが、店の味や店主の方の思いを果たしてきちんと伝える事が出来るものでしょうか。恐らく二度とその店を訪れる事のない彼らは、地元の人たちの心の中に今でも決して小さくない傷やしこりを残しているのです。これは単なる想像に過ぎませんが、彼らは有名な雑誌やテレビ番組、つまりメジャーなメディアに“田舎の店を露出させてやる”とでも考えていたのでしょう。

もう一つは、時間の概念について。
ただでさえ昼時は地元の人で混み合うそのお店のご主人は、それに加えて観光客が大挙して来店したとしたらとても満足した対応が出来ないと言われ、同時に特に内地の人々の行き来が激しくなって来た今日、従来から沖縄や八重山が自然に培っていたゆったりとした時間の流れが失われつつあると嘆かれています。
たった数日の滞在で、八重山を理解する事はおろか、食文化の一面でも理解出来るのだろうかと、足早に通り過ぎる観光客に対する疑問が地元の人には根強く残っているのかもしれません。旅の恥はかき捨てではないですが、そもそも理解しようと言う姿勢や考えを持っていない人も中にはいるはずです。観光地は決して観光客の為のものだけでなく、そこには地元の人の生活がある訳ですから、むしろ積極的に地元時間に沿って行動し物見遊山の視線を捨てる事で、そこから始めて見えてくるものがある筈だと思います。八重山の経済に観光客が寄与している部分は大きいため、観光客を一概に拒否する事は選択肢としては有り得ないはずです。だから尚更我々としては、そこにある溝を埋めていく事に如何に貢献出来るか、そこが大事なのだとあらためて痛感しました。

今回の取材を通じて現地の方から聞いた内容を伝えるのに相応しい映像CMを制作して、正確な情報を的確に伝える事は第一に重要な事です。そして同時に今回感じたのは「誰に伝えるか、誰に見せるか」という事も決しておろそかに出来ない要素であると言う事です。

例えば私の様に、仕事や生活の環境を簡単に変えられないために関東圏に拠点を置きつつも、昔訪れた旅行先や学生時代を過ごした街の事を思い続けている、そんな人たちのコミュニティに対してピンポイントにCMを流せる、その事によってCM主もコミュニティの参加者も、皆が喜ぶ事が出来る様なビジネスモデルを確立するべきなのでしょう。

私たちが目指すグループ放送の一つの形がおぼろげながら見えて来た、そんな気がする石垣島の温かな夕刻の一時でした。

写真:実にしみじみと美味しい八重山そば。それぞれの店がそれぞれのこだわりを持って、心を込めて丁寧に作られているのだな、と改めて実感させてもらいました。※写真はソーキそばです。