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変わりゆく街並

琉球大卒業後の十数年間は東京で仕事に忙殺され沖縄から遠ざかっていた為、その間の中南部の街の変わり様には後に随分と驚かされ、道の変化には戸惑わされた。かつて入り組んだ裏路地にあった鄙びたおでん屋がいつの間にか大きな通りに面していたり、学生時代の友人の家に辿り着けない事さえあった。オフロードバイクの練習に忍び込んだ天久で今日、夕食の買物をするとは想像も出来なかったし、少し前まで海だった場所を通って広報を担当する糸満海人工房に向う。

さて、日本でこれ程の変遷を短期間に露呈している地域が、他にあるだろうか?140万人の人口に対して登録されている自家用車は90万台と、一家で1台以上の車を保有する沖縄では、恐らく東京の周辺都市の車中心の生活をも凌ぐエネルギーを消費しているだろう。それを後押しするかの様に、急速に変わりゆく沖縄の街並。それはまるで変わる事、モダンになる事の全てが善であると言っているかの様に私の目に映るのだ。
これらの事はやがては便利だが均質な郊外型の大型ショッピングモールの発展を助長し、その結果中小の店舗が駆逐されるかも知れない。今後、風情人情の溢れるマチヤグァーやさしみ屋が、健全に継続する余地は残されるのだろうか?島が近い将来に、特色の無いありふれた一地方都市化していく危惧さえ覚え、日本の地方各所でこの目で見て来たシャッター通りの風景がオーバーラップする。
約30年間通っている那覇のおでん屋の女将は、私にとって三代目になる。今では良くも悪くも観光客で溢れる様になった店だが、女将はそれでも豆腐一丁に至るまで、ひたむきに昔の味を守り続けつつ、新メニューの開発にも余念がない。地元の人間も観光客も、本当に求めているのはそういう沖縄なのではないかと、暫し考えるのであった。


琉球新報 2011年9月7日 コラム「南風」より)