勇気を与える

最近耳に残る言葉の一つに「勇気を与える」というのがある。

言葉を良く知らないタレントや若いスポーツ選手が良い意味で使っているつもりなのだろうが、与えると言うのは贈る、授ける、支給する等々、持っている側や立場が上位の者が不足している側に、物や恩恵等を下すという意味が本来の使い方のはずである。

例えば、親が子に無償の愛を与えてもその逆はない様に、生死がかかった様な本当の苦境・逆境を知らない人間が、今の被災者に勇気を与える事等出来るものではない。本来ならば「自分の必死さから感じ取って頂きたい」「束の間でいいので悪夢を忘れて欲しい」とでも言うべき処を、例え言葉の問題であったにせよ正さないのは周囲の年長者の責任なのかもしれない。

歌い手は歌声を、時間に余裕のある人はボランティアを、お金がある人は義援金の寄付を。そして、その何れでもないビジネスマンの私に出来る事は果たして何か?

その事に対する自分なりの考えを実行する為に、明後日より気仙沼に入る。