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優しい唄


iichikoのコマーシャルで耳にする事の多いビリーバンバンの唄にハマっている。
実際には、そのCMのオンエア回数はそれ程多くないにも関わらず単に私の耳に残る事が多いのという事かも知れない。

秋になるとここ数年、歳のせいか不況のせいか、昔ながらのテイストのしんみりした唄が無性に聞きたくなる40代男であるが、過ぎた時を懐かしむと言うよりもむしろ、過去と未来の時間に対する捉え方や感じ方とでも言うべきか、そう言った感覚が、より鋭くなって来た様にも思う。


無限の可能性を信じていた子供時代。繰返して来た目も当てられない程の若き日の失敗の数々。恐らく繰返し訪れる事は無いだろう街角。既にこの世を去った人たちや二度と会う事は無いだろう何人かの人々...。
ビリーバンバンの歌声に乗って、様々な情景が脳裏に去来する。

iichikoのCMには一切、人間の映像が使われる事が無い。例えばそれは、朽ち果てた船であったり、無人の海岸であったり、鳥が羽ばたき飛び立って行く水面であったり、青い空と草原のコントラストだったり。或いはそれが建物や乗り物の画像だったとしても、そこに人が写り込む事は無い。そんな情景が逆に人間の営みの儚さや過ぎ行く時間を表現する事に成功しているのだろうか。