これってお小遣い?


私は日常会話程度のスペイン語を話す事が出来るが、とある縁からスペインから訪日するサラマンカ大学の合唱団の通訳と言う大役を仰せつかった事がある。2000人近い入場者を集めたコンサート会場のステージでの団長インタビューの通訳でNHKの女性アナウンサーから訳が短いと意地悪をされて冷や汗を書いた事を今でも思い出す。日本でスペイン語を学んだのでなく、現地の生活や文化についても慣れ親しんでいた事があったからか、同世代に近い30人近いスペイン人とは2週間の滞在期間が終わった後も大変深く親交する事が出来た。
合唱団ツアーは、そもそもツアーのきっかけになったサラマンカのカテドラル(大聖堂)のパイプオルガン修復を行なった岐阜県の音楽家への表敬訪問を中心として、主に岐阜県や愛知県を廻ったのだが、訪問する各地で行なわれる歓迎式典で必ずと言っていい程登場したのが和太鼓だった。

ツアーは、当時の竹下内閣が行なったふるさと創生事業(1988〜89)から2〜3年後だったから、余り政治に関心を持つ事も無かった私でさえも、スペイン人の「また、太鼓か」といううんざりした表情と同期して「ああ、これはあの1億円が化けたんだな」と理解した。

そんな過去の自治体へのお小遣いを久しぶりに思い出したきっかけは、賛否両論が激しくぶつかった定額給付金問題。苦労をかけっぱなしの家人に服でも買ってやりたいなと思いつつも、もともとは我々が支払う税金が原資であり、国から消費活動を刺激して下さいとお小遣いをもらうよりも、もっと国の為に有効に使ってもらいたいと単純に思ってしまう。

あと80年はかかると言われている沖縄の不発弾処理に使うのも良い使い道では無いだろうか。年度末になると必ず道路を掘り返してあちこちで渋滞を生む公共工事と違って、こちらなら大歓迎だ。仮に80年が75年になるだけだとしてもプラスである事は間違いない。80年後と言えば、私はもちろん、まだ幼い私の子供達も既にこの世にいないかもしれない、私の孫や曾孫の世代の事なのである。

トップ写真:鬼太鼓座は、既に40年の歴史があるようだ。