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古き良き時代の遺物にならないために

年末やクリスマスシーズンが、小さな企業を営む立場からすれば、木枯らしや落ち葉ばかりが身に染みるシーズンになって久しいが、今年も近年の傾向に倣うかの様に、秋になりきれない暖かい10〜11月が、ようやく到来しようとする寒い季節に抗う事を諦めたかと思えば、いきなり南国鹿児島で雪が降ったりと、相変わらずの変な気象に閉口している。子供の頃の昔は、夏が終われば直ぐに秋が来て自然と木の葉が色づく物であると疑いもしなかったものだが、ようやく銀杏の絨毯で彩られた日比谷公園を歩ける事に妙に安心させられるのも、寄せる年波のなせる所業なのかもしれない。

さて、今年の重油高は、一般的に大きく報道された運輸業や漁業への影響のみならず、例えば電力会社やその関連子会社にも様々な形で経営資源の逼迫をもたらしていると聞く。一方で余り大きく人々の関心を集める事も無く、ひっそりと廃業し消えていく物の一つに街中の銭湯がある。
各家庭に小さいながらも浴室が当たり前の様に設置されている今日において、銭湯の衰退原因を重油問題に転嫁するのもよいが、顧客のニーズを先行して発掘できなかった事も忘れてはならない大きな要因である事は間違いない。東京都内では例えばジョギング愛好家に対して、仕事場の行き帰りのジョギングの際に荷物を預かるサービスをするような銭湯もあるが、それでもスポーツクラブや郊外の複合入浴施設にない地域に密接した事を活かした集客力を発揮しているかと言えば疑問が残るのも事実である。また、本来は家庭の浴室と比べて大きい事が売りである筈の銭湯が、例えば港区芝公園の公衆浴場の様に3〜4人が入っただけで狭く感じる様な浴槽しか持たない銭湯が存在する事に驚いた事もある。これでは、ますます利用客が遠のいて行く事に歯止めをかける事は難しい。


何ヶ月か前にテレビのニュースで、官民が一体になって取り組んだ芝居小屋の復元が取り上げられていた。明治時代に栄えた大衆文化の中心でもあった芝居小屋を、回り舞台や役者を吊り上げる機構をも含めて完全に復元し、実際に芝居小屋として今後も経営して行くという計画である。気になってウェブを検索してみたが、現在では豊岡市の恐らく3セクだと思われる株式会社出石まちづくり公社という組織が講演を取り仕切っている事がサイトに掲載されている。
全国芝居小屋会議というサイトでは、各地の芝居小屋を残そうと言う団体それぞれの活動を紹介し、お互いに知恵や経験を交換している様にも見受けられる。

出石永楽館の内部、公式サイトより


ある時、函館奉行所の復元というニュースが目に留まった事がある。菜の花の沖を読んだ読者としては、歴史上比類なき悪政を布いたという松前藩やその後の函館奉行の北方統治の苦悩が想像され、大変興味深いものがある。毎日JPによると、当時の文献や写真に基づいて“忠実に”再現する事が試みられているとの事。完成した暁には是非見学に行きたいと考えているのだが、ふと、完成したら何に使うのだろうかと考えてしまう。数百円の入場料を取って見学させるだけの施設になるのだろうか?

屋根を作業中の五稜郭函館奉行所(毎日JPより)


過去の大規模建築物の典型として、日本が世界に誇れるものは何と言っても城ではないだろうか。その昔、愛知県のとある城を見物する機会があった私は、コンクリートで固められた内部を見て「一体これは何だ!?」と愕然とした事がある。外見は城であっても、その中身は城とは似ても似つかない構造、つまり偽物だったのである。ひょっとすると今ではエレベータが設置されているのかもしれない。日本の行政は自然豊かな日本中の小川や渚をコンクリートで固めるだけでは飽き足らなかったのだ。


そんな私はかつて現代の城の使い道についてある案を考えた事がある。城を宿泊施設として、一般に開放するのである。

料金はもちろん天守閣が最も高く、階下に行くに従って下げて行けば良い。そこで供される料理として、戦国時代当時の料理を復元するのも面白い。その事だけで、郷土料理研究家や賛同する地元料理家や、場合によってはスーパーのレジでのパートタイムでしか家計を補填する賃金を得る事が出来ない地元の主婦にとっても、またとない創造的な仕事になるのではないだろうか。

沖縄の首里城の様に、特別に神聖な霊場が併設されている場合には相応の困難が伴うかもしれないが、前述の出石の芝居小屋の例の様に、行政と住民と民間が一体になって取り組めば多くの場合は実現可能なプロジェクトになる筈である。


もしかすると従来の構造のまま復元した城の居住性や安全性を疑問視する声があるかもしれないが、安全快適を謳った近代的なホテルでも、その経営の杜撰さが思わぬ大惨事をもたらす事もあれば、耐震強度が偽造されたホテルが相次いで発覚した事もまだ記憶に新しい。建築が専門でもない私が言える事はあまりないが、必ずしも過去の建築にこだわるだけではなく、過去の技術と現代の技術のハイブリッド(良い事取り)によってより良い新しく安全な現代建築へと昇華させても良い筈である。
海外の例を持ち出す事が適当かは解らないが、スペインでは全国にParador(パラドール)のブランドで国営ホテルを展開している。Paradorは、全てが城という訳ではなく現代建築物の方が実際には多いが、中には立派な中世の城をそのまま活かしたホテルも存在する。
このサイトは英語にも対応しているが、スペイン語で検索される場合は、Castillo(城)かAlca(')zar(砦)を条件に探してみれば良い。私も滞在中に何度かParadorに立ち寄り、残念ながら宿泊するだけの財力が無かったために宿泊客に紛れてコーヒーを飲んで出て来た経験があるが、昔の建築物を上手に活用した威厳のある且つ、大変快適な施設が多かった記憶がある。


日本の風土気候に即した城を、地域の観光商業施設の中心とする。土ぼこりを上げつつバスガイドの旗に連なって修学旅行の高校生が闊歩するだけの広場には、所狭しと特産物を売る屋台や出店を並べれば良い。もちろん、地元名産の酒を提供する店も欠かせない。郷土料理を謳う地元の居酒屋が挙って支店を出したがる様な雰囲気を醸造する。店員のユニフォームは地元の和服メーカが工夫を凝らして準備し、その販売も行なう。同様に飲食の際に供される食器類も全て商品とし、気に入れば対価を支払って持ち帰る事が出来る。これらは全て新しい地域の特産品の開発行為そのものである。鸚鵡返しのようにエコエコと騒がずに、週末は城をライトアップしても良いではないか。遊郭は実現されないにしろ当然風呂は銭湯である。観光客のみならず地域住民も集う一大歴史絵巻、自然と人が集まるエコシステム。ひょっとすると木造建築の活性化にともなう供給量の増加を補償する為に林業が再び脚光を浴びる日が来るかもしれない。実現すれば素晴しい事ではないかと、暴走気味に夢想するのである。


トップ写真:色付いた日比谷公園の木々