良薬は人の心にあり

仕事の関係である時期、日本各地の薬科大学や調剤薬局とお付き合い頂く事があり、その経験を通じて普段何気なく口にしている薬に対する認識が大きく変わった事があります。
今でもその時期になると家人との議論になるのですが、インフルエンザの予防注射はするか否か、またタミフルはどうするか、様々な報道や書籍はもとよりインターネット上の情報にも振り回されがちな我々一般市民には、簡単には判断出来ない事柄が数多く存在します。唯一無二の存在であるかけがえのない我が子の重大な健康問題を考える時ほど、身内に医師か薬剤師がいたらどんなにか安心だろうかと思うものです。


そう、この様に「医師か薬剤師か」と考える様になったのも、その影響に間違いないと思っているのです。


以前は薬局と言えば、殆ど例外なく街中の小さな商店といったイメージを持っていましたが、薬局の壁の張り紙を意識して見てみると、例えば薬局毎にここは皮膚の病気に詳しい薬局であるといった特徴をもっていたり、或は地域の小中学校の保健衛生のコンサルティングを行なっている等々、地域に根ざしつつ住民の健康を支えて来ている事等を初めて知るにつけ、更に薬局に対する見方が変わって来るのでした。そもそも、商店街の中の小さな店の店主が、新製品に関する生涯教育を受けたり学会で情報収集をする様な例は他にはないのではないでしょうか。
最近では複合商業施設の中のディスカウントストアの様な業態の薬局でも処方箋を受け付けてくれる事があります。それはそれで時には便利で有難い事ではあるのですが、そのような特徴や得意分野を持つそのような小さな薬局が大手チェーンに駆逐される事なく共存して欲しいと考えたり、またかかりつけの薬局を持つ事はかかりつけの医者を持つ事と同様に大切な事だとも考える様になったのです。


さて、相も変わらず周回遅れの話題になってしまいますが、先月の終わりに生活保護受給者に対するジェネリック医薬品を強制する厚生労働省の通達の話をニュースで見た時は、画面が次のニュースに変わった後もしばらく空いた口が塞がりませんでした。従わないのなら生活保護を打ち切る、と国民に対して脅迫をするとは!
相も変わらぬ役人の意識の低さ、そしてゴールデンウィークという多くの国民の意識が行楽に向いている最中という魂胆が見え見えの通達のタイミングにはただ呆れるばかりです。各方面からの猛反対を受けて結局は朝令改暮の如くその通達は撤回されたらしいのですが、その様な通達を出す役所根性は今後も簡単には変わる事はないのでしょう。


私が薬科大学や薬局の方々と仕事をご一緒させて頂いていたのは、タイミングを同じくして大手薬品会社の主要製品の特許権が切れると言ういわゆる「2006年問題」の前々年から最中の事でした。日本の特許法は、早く発明した事を証明したものに権利を与えると言う米国の先発明主義と異なり、より早く出願したものに権利を与えると言う先願主義である事は良く知られています。先願主義の精神を守る為に、遠隔地の発明者に対する救済措置も存在している程です。ジェネリック医薬品は、この様な技術革新の背景のもとで各社が競うようにして20数年前に出願した特許権が切れ、その成分や製法を踏襲して製造されたものである事はご存知の通りです。ただ、医療費の削減を命題に掲げた厚生労働省が著名な俳優を使ったCMをテレビで流したり、薬局にジェネリック医薬品を推奨するチラシやポスターを配ったりする事は頭では理解出来るとしても、それを服用する我々が本来知っているべき情報の提供はおざなりになっていると言わざるを得ません。

まず、ジェネリック医薬品とオリジナルでは、製法や主成分が同じであったとしても、全く同一の薬ではない事を知らしめる必要があるにも拘らず、この点の周知が余りにもおろそかにされていると思います。副成分という言い方が正しいか否か私には解りませんが、それによって引き起こされる副作用の可能性をどれだけの人が正しく認識しているのか、大きな疑問があります。医薬品の開発に関連する仕事をされている方から昔聞いた話によると、新薬の開発には、その研究からはじまり、試薬品の製造や臨床試験の報告書等々、実に何十万頁にも及ぶ書類を作成する事があるそうです。その様な大変な開発や、更に厳しい製造工程の確立や各種許認可の取得を経て初めて医薬品は市場に流通するのですが、ジェネリック医薬品ではそれらの幾つかのプロセスが省略される事があるとも言います。これは、薬の安全性に直結する話でもあります。更に、場合によってはジェネリック医薬品を選択したとしてもほんの数パーセントしか安くならない事もあるそうで、ここまで来ると何の為の後発医薬品なのか全く解らなくなります。

一方では、生産のキャパシティの関係等から、きちんとした契約のもとに製薬会社が別の製薬会社に製造を部分的に委託する事もあるそうです。これは製造業の世界では珍しくもないOEMという関係ですが、この場合は薬の同一性が保証される事になりますので、前述の様な問題は回避されていると判断して良いと思います。ただし、どの会社とどの会社がそのような関係であるか、どの薬がOEMなのか、我々は全く知る由もない点は、やはり問題点として上げざるを得ないでしょう。


国家対国民、或は政府対住民と言う構図を前提に物事を考えるつもりも論ずるつもりもありませんが、意識的・意図的か否かは別にして本来私たちが知っているべき情報が現実的に届いていない事の責任は行政側にも、そしてマスコミにもあると思わざるを得ません。ただし、住民側になんら問題がないかというと、それも間違いです。

例えば、最近もタクシー代わりに救急車を呼んだり、119番で人生相談をしたりといった実情が報道されましたが、これも医療費の増大に関係しています。実際にはその線引きは難しいにせよ、一定期間の通知措置をとった上で、その様な輩は公務執行妨害として逮捕するかそれ相応の金銭を請求すれば良いと思います。


国民は正すべき襟は正す、行政は国民、特に色々な意味での弱者の視点に立って政を行なう、その様な社会を実現する事は難しい事なのでしょうか。

トップ写真:息子が銭湯で風呂上がりにビールをご馳走してくれました。何とも言えず嬉しいものです。