報道の露出と受け手側の論理


先日、職場の後輩に「ワイルドソウル(垣根涼介著、幻冬舎文庫)」という文庫本を借り、基本的に読書は好きでも最近はなかなか手に取って読み始めるきっかけが掴めないでいた私ですが、地下鉄での移動時間や寝る前の僅かな時間を積み重ねて、結局上下刊を3日で読破してしまいました。

この作品は、数年前の一時期、テレビのニュースで度々見かけたいわゆる「棄民政策」をテーマにしたもので、ブラジルやドミニカの移民二世の青年たちが外務省に対して「おとしまえ」をつけさせるといった具合に少々過激ではありますが、日頃から日本の政治の在り方に疑問を感じる事が多い私にとっては大変痛快な内容のストーリを楽しく読ませて頂き、著者の方が執筆中に爆発させていたというドーパミン効果を少しだけ共有出来た気がします。実は私が勤務する会社の事務所が、この本が執筆されていた当時に外務省が入居していたビルのすぐ隣にある為、主人公達がテレビ局の元ニュースキャスターと出会うシーンや、首都高速道路から外務省のビルに向かって攻撃するシーンでも、その情景や雰囲気を実に正確に且つまざまざと思い浮かべる事が出来た事も一役買っているかもしれません。

その小説を読んでいたから尚更だとは思うのですが、先週末の深夜にドミニカ移民が国を相手取って起こしていた訴訟の一部始終を取材した特集番組をたまたま見る機会があり、実に深く考えさせられました。詳しい話には敢えてここでは触れませんが、裁判の結論から言えば、原告である二世を含むドミニカ移民の方々に対して国は「告訴を取り下げれば謝罪し慰謝料を支払う」と提案し、高齢な方を含む原告団はその要求を飲んだとの内容でした。要するに先に刀を鞘に納めれば、話は聞いてやると言う言い草です。裁判ですから当たり前ではありますが、これは喧嘩そのものです。
国を信じて騙された(そして結果として殺された)人たちが、半世紀もの時間を経て国に求めたのは、売った喧嘩を買ってくれる事ではなくましてや交換条件でもなかった筈です。夜中の2時過ぎの放送を見ながら憂鬱になったのを憶えています。

話は少し飛びますが、Googleの検索でヒットしないウェブサイトは存在しないのと同じ、という事を良く聞きますが、勿論これは映像コンテンツにも当てはまる事だと思います。

先日、六本木のあるプロダクション様をお訪ねして商談をさせて頂いたのですが、お邪魔した事務所の本棚を埋め尽くす本のタイトルは戦争や紛争、教育問題や海外事情等に関するものと各国の地図が多勢を占め、残念ながらもそのプロダクション様が作られた映像コンテンツの殆どをまだ見た事が無かった私は、このように哲学と情熱を持って、恐らく危険を顧みずに撮影を重ねて、その結果産み出されたコンテンツが、ごく一部の人にしか見られていないのは日本の大きな損失だと強く感じました。
一度一緒にお仕事を、とお話しさせて頂いておりながらまだその機会がないままになっているビデオニュース株式会社様は、「自らが選択したテーマに関するニュースを責任を持って追い続ける」というポリシーをお持ちであるとご担当者から聞いた事があります。

余りテレビを見る習慣も時間もない私ですが、私はテレビのニュース報道の枠組みに足りないのは、一旦ニュースとして取り上げた問題について、その顛末までを知ろうとする視聴者がいる限りにおいて、それを徹底して知らせる事が出来る為の仕組みの存在ではないかと思っています。
この棄民政策の問題にしても、大袈裟に言えば日本の近代〜現代史としてあまねく日本人が知っておくべき事ではないのかと思います。夜中の2時にたまたま廻したチャンネルで運良く見る様な番組ではなかった筈です。

連日、例の納豆問題で大騒ぎしている記事をウェブサイトで見かけますが、そもそもがテレビで流された内容が全て正しいと信じる消費者の心根や判断基準をなす知識にも問題がある筈で
す。それ以前に、テレビも見たい番組、いや見るべき番組を視聴者が視聴者の判断で選択をする事が大切であり、視聴の結果として得られた情報の判断には視聴者も責任を持つべきだと思います。
そして尚更ながら、メジャーな放送網に流される事の無かった良質の報道映像を、出来れば視聴時間を選ぶ事なく誰もが正当な対価を支払って見れる様な仕組みづくりの必要性を強く感じます。

ちなみにドミニカ移民と国との裁判の告訴取り下げの結果、国が支払うと言った慰謝料の額は一律200万円。支払いの為に現在の移民の方々の消息を調査した結果を撮影した映像には、「行方不明、行方不明、行方不明、死亡、行方不明、行方不明」と書かれたリストが映っていました。
謝罪の場で、少なくとも私は見た事も無い政治家が大きな声でマイクを握りながら頭をペコリと勢いよく下げていたのと、既に死去されてしまった山本さんと言う元原告団団長の息子さんが「2代かかって結局畑は得られなかった」と父親の墓前で話していたのが印象に残りました。

写真:作者の方は、長い長い執筆を終えた日の早朝に、本文にも登場するサンバを大音量で流しながら首都高速を疾走したそうです。どうぞお気をつけ下さい。

そしてこれからも良い作品を世に出して下さる様、お願い致します。